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東京

研究テーマ:現代空間美学

Prefectural University of Kumamoto  

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TAKAHASHI  Laboratory

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価格:¥2,200-(税込み)

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takahashi@pu-kumamoto.ac.jp
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現代空間美学

-建築において美を考える-

​髙橋 浩伸

 

 

紀元前1世紀頃の建築家ヴィトルヴィウス(Vitruvius)は、『建築十書(De architectura libri decem)』において『建築はまた強さ(firmitas)、有用性(utilitas)、美(venustas)の原理が保持されるように造られねばならぬ』と記した。1414年ザンクト・ガレン修道院(スイス)でのこの写本の発見がきっかけとなり、当時中世の建築家たちの必読書となる。そして以降近代まで数百年に渡り、この「強、用、美」は、西欧建築の理念の根幹して継承されてきた。すなわち、この建築書に記された古典建築の装飾や形、プロポーションにおける比例関係などを模倣することが〈美〉とされ、盲目的に信じられてきた。しかし19世紀後半に興った「近代主義建築」は、これら古代からの様式を否定し、機能主義、合理主義を掲げ、工業生産による材料(鉄・コンクリート、ガラス)を用いた建築を生み出した。これは言い換えれば、それまでの〈美の規範〉を否定し捨て去ったことを意味していた。ただし、機能主義・合理主義に偏重した近代主義建築への批判もあり、我が国の建築界においても1970年代ぐらいまでは、この〈美の規範〉が確かに語られていた。しかし1980年代のいわゆるバブル期になるとこの理念は変化し、「強・用・金(コスト)」といった傾向が強くなり、そして21世紀の今日、建築や空間創造において、〈美〉はほとんど語られなくなってしまった。まるで、建築において〈美〉は必要無いとでも言わんばかりである。

 

一般的に〈美〉に関する学問として最も中心的な役割を担ってきたはずの「美学」は、思想や哲学の範疇で長らく議論を続けてきたが、18世紀後半のカント以降、正面切って〈美〉にアプローチすることを諦めてしまった。また一時期、芸術の母胎とまで考えられていた「建築」においても、近代まで盲目的に崇拝していた古典建築の装飾や比例などの〈美の規範〉を、19世紀後半の近代主義建築において否定し、捨て去ってしまった。

近代以降、現代においては、美学や建築以外においても〈美〉へアプローチしようとする分野が表れる。それが神経科学における認知神経科学や脳神経科学であり、心理学における認知心理学、環境心理学である。特に近年の非侵襲の脳機能計測技術の発展は、ヒトの感覚や運動、記憶などを調べるにとどまらず、ヒトが人たる人間性や社会性、さらには経済行動や政治行動など、従来の神経科学では取り組むことが困難だった問題についても研究の対象となり始めた。美感と呼ばれる脳神経科学的基盤の探求、つまり神経美学も同じくして21 世紀になるのを境にして誕生することとなった。

このような分野における知見は、現代の美学や建築の分野において忘れ去られた〈美〉に関して、科学的アプローチと実証結果を示すものであり、21 世紀の今日、あらためて建築的視点に立ち、〈美〉を考え、〈美〉を創造するための確かな基礎資料に成り得るものであろう。

 

ただし本論で提唱する「現代空間美学」とは、〈美〉に関する科学的アプローチとしての神経科学的知見や認知心理学的知見の羅列でもなければ、神経科学、認知心理学の知見だけで〈美〉を語ろうとするものでもない。

ここで言う「現代空間美学」を提唱する目的は、21 世紀の現代の建築において忘れ去られた〈美〉を建築の中心的理念として取り戻すために、建築の分野だけの視点ではなく、近代以前の思想や哲学の分野で語られてきた〈美〉を反芻し、そこからさらに超越した視点での、現代における科学的アプローチ(「認知心理学」や「環境心理学」の心理学的なアプローチや、「脳神経科学」や「認知神経科学」といった神経科学的なアプローチ)の知見を基盤とした、学際的・多角的な視点を持つことで、人々に感動や心地良さを与える美的空間創造に寄与するための考え方や視点を示すことを目的とするものである。

 

建築の目的とは「人間を中心とした、人間の幸福のための空間を創造すること」と言える。建築自体が、単なる箱やシェルターを造るものではなく、人間を中心とした、人間の幸福のための空間を創造するものという認識に立てば、哲学や思想を、単なる恣意的なものと排除することなど許されないことは誰の目にも明らかなことであろう。このことを実現するためには、現在の「強・用・金」といった考え方ではなく、「強・用・美」+「環境共生(21 世紀の建築理念)」といった新たな建築の理念を確立し、これまで血の通わない単なる箱と化していた多くの建築に、〈芸術性=美〉という血液を流し、人間を中心とした、人間の幸福のための空間を創造しなければならない。

そのためには建築的理念に〈美〉は欠かせないのである。

 

このような考えから、[近代][現代][近未来]の3つの時間軸において、「現代空間美学」を植物になぞらえ、概念図を作成している。

本稿での「現代空間美学」は、科学的知見や学際的視点、また現代的思想・哲学によって、あらためて〈美〉を規定し直す試みとも言える。また、更に言い換えれば、かつて15世紀に興ったルネサンスにおいて再認識された〈人間中心〉的考え方を今一度、再々認識し、「セカンド・ルネサンス」と言える建築理念のシフトチェンジを提唱するものである。

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